A1.
個人事業者の方が、新たに設立した株式会社や有限会社などの法人へ事業を引き継ぐこと、事業形態を変更することを、一般に「法人成り(法人化)」と呼びます。
相続税対策なども加味した事業承継、自営業者の規模拡大に伴う節税等で用いられる手法です。
平成18年に商法が会社法に変わり、最低資本金の規制がなくなりました。
改正前は、株式会社で1,000万円、有限会社で300万円必要だった最低資本金の規制が無くなったことにより、資本金1円でも株式会社を設立することが可能となり、法人成り(法人化)が資金的に容易になりました。
ただ、このような形での起業は、現実にはお勧めできません。一時的な話題作りにはよいでしょうが、その後恥ずかしくなったり、やる気がないとみなされたりすることを恐れて、すぐに増資となる場合がほとんどです。やはり、少なくとも100万円、できれば300万円程度の資本金を準備することが望ましいと考えます。
A2.
『事業をやるなら法人成りした方が有利か?』 というご相談をよく受けますが、これは一概に言えることではありません。
法人成りして商売をする場合の、メリット・デメリット(注意点)を一般論としてよく理解し、自分のケースに置き換えて慎重に考える必要があります。
熟慮したうえで、法人として活動するほうがいいと決断したときには、次の事柄についてよく検討し、法人成りのタイミングを計るとよいでしょう。
・法人設立費用
・資本金の準備(出資者を募る場合等)
・個人が課税事業者になって税負担が重くなった
・従業員の採用計画
・事務所、店舗等の移転・賃借予定(自宅を含む)
・その他事業展開の予定(宣伝広告、営業戦略等)
・事業承継の必要性等
A3.
営業戦略上のメリットとしては次のようなことがあります。
○対外的信用の増大
○物心両面での家計との分離
○経営者・従業員の意識改革
○従業員の採用、定着率の向上
対外的信用の増大
個人事業主の場合、事業の負債に対して無限に責任を負うという「無限責任」の立場であるのに対して、法人の場合は「有限責任」です(一部無限責任の法人もあります)。
責任の範囲は個人の方が大きいにもかかわらず、一般的には法人の方が専門性も高く、安心感があるというイメージがあります。
物心両面での家計との分離
経費そのものの考え方に違いはありませんが、物品等を購入する場合、個人であれば按分となるものも、法人においては、合理性があれば全額が経費となります。
場合によっては経営者と法人の間で契約を結び、資産を貸し借りする必要があることもあります。
そのような点から、事業と家計とをはっきりと分けて考えることが容易となります。
経営者・従業員の意識改革
法人として活動することで、経営者も社員も法人の構成員となります。
従業員にとっては、個人に雇用されているのと、法人の一構成員として一緒に会社を作り上げているのとでは、意識に大きな違いが出るでしょう。
また、経営者にとっても、(ほとんどの場合は)株主・社長・報酬をもらう立場という、一人3役をこなすことになります。
法人という別人格を操縦する醍醐味を味わうことで、事業に対する責任感もより増すと考えられます。
従業員の採用、定着率の向上
先にも述べたように、世間的なイメージの良さ等から個人事業よりも人材が集まりやすい傾向にあります。
定着率に関してもまた然りと言えるでしょう。
A4.
税務戦略上(法人税、所得税等)のメリットとしては、次のようなものを挙げることができます。
1)所得税・住民税等負担の軽減
2) 事業所得から給与所得への転換による税の軽減
3) 家族給与(所得分散)による税の軽減
4) 赤字繰越しによる税負担の軽減
5) 切り捨て所得控除の減少による税の軽減
6) 生命保険の経費化による税の軽減
7) 退職金支給による税の軽減
8) 決算期を自由に選べる
9) 規程旅費による税の軽減
10) 社宅等を利用した一部生活費の経費化
1)所得税・住民税等負担の軽減……おすすめ度◎
所得税、住民税、社会保険料…と、個人には重い税負担がありますが、それに比べて法人は税率が低く抑えられています。
法人に利益が出ている場合、その利益をいずれ個人に移す必要があり、その際に結局は二重に課税されるではないか、という考え方もありますが、その時期を見計らうなどの工夫次第で、負担軽減となる場合がほとんどです。
2) 事業所得から給与所得への転換による税の軽減……おすすめ度◎
個人事業者として、事業(又は不動産)所得として所得税が課税されていたものが、役員給与(給与所得)として所得税が課税されることになります。
役員給与になった部分については、事業税を払う必要はなくなります。
そして、給与所得にはサラリーマンの必要経費部分と言われる給与所得控除があり、年収300万円が182万円に、600万円が426万円に、1,000万円では780万円に所得が軽減(圧縮)されます。
3) 家族給与(所得分散)による税の軽減……おすすめ度○
個人事業者の場合、配偶者を含めた扶養家族に専従者給与を支払う場合、「事業に半分以上携わる必要がある」「金額に上限がある」「事前に届出が必要である」等の縛りがあります。
その上、1円でも給与を支給すると、控除対象配偶者や扶養親族とすることができません。
しかし法人では、上記のような縛りが少ないうえに、家族に給与を払っても、それが一定金額であれば、配偶者や扶養親族として控除の対象とすることができます。
4) 赤字繰越しによる税負担の軽減……おすすめ度○
個人事業者では、損失は3年繰り越せますが、法人では9年間繰り越せます。
ただ、実際には個人事業者で赤字が3年も続くということはほとんどなく、所得控除を切り捨てることになります。
それに対して法人は、役員給与の設定次第で赤字額をある程度調整することが可能ですので、結果的に所得が分散でき、期限内に繰越した損失を使い切ることが可能となります。
5) 切り捨て所得控除の減少による税の軽減……おすすめ度○
上に述べたように、個人事業者の所得が赤字になったときは、その年の所得控除を結果的に全額放棄することになってしまいます。また、申告の時点まで所得の額が分からず、節税等の対策を打ちづらいということもあります。
法人の場合は、役員給与を平準化して支給することができ、所得控除を無駄なく使うことができます。
また、役員給与は1円単位で設定できますので、税額計算や節税対策も容易に行うことができます。
所得税は累進税率になっていますので、年によって利益にばらつきがある場合は、給与所得の平準化によって相対的に低い率の税率が適用になるというメリットもあります。
6) 生命保険の経費化による税の軽減……おすすめ度○
個人事業者の場合、所得控除で認められる以外、事業主の生命保険料を経費とすることはできません。
しかし、法人では契約関係に気を付ければ、代表者のみにでも保険をかけて損金処理が可能であり、退職金の原資や、万が一の時の事業資金・遺族保証・入院費用等とすることもできます。
また保険料の二分の一を経費にできる等、節税を意識した活用法がある点も特筆すべきでしょう。
7) 退職金支給による税の軽減……おすすめ度○
個人事業主・青色専従者が引退した場合や、死亡した場合には、自分や遺族への退職金支給はできません(小規模共済等制度の利用はできます)。
法人であれば、小規模共済等が利用できるうえに、退職金の支給も可能です。
しかも、勤続年数に応じた一定額まで所得税は非課税ですし、死亡退職金は相続税法上も非課税枠があります。
8) 決算期を自由に選べる……おすすめ度○
個人事業者は、12月31日と決められていますが、法人では決算期を選ぶことができます。
繁忙期や棚卸、行事等を考えて、自分に都合の良い時期を、決算期として自由に選ぶことができます。
9) 規程旅費による税の軽減……おすすめ度△
出張旅費については、基本的に実費を、経費ないし損金に計上することができます。
しかし、法人の場合、適正水準の旅費規程を設ければ、たとえ代表者であっても交通費の他に旅費日当を非課税で支給することも可能です。
10) 社宅等を利用した一部生活費の経費化……おすすめ度△
経営者の自宅でも、法人名義で購入・借入れし、経営者に社宅として賃貸することは可能です。
居住用の部分については、通達で規定する家賃をとっていれば問題ありません。
A5.
その他の面でもメリットがあります。
消費税
現在、個人として営業活動をし、基準期間(2年前)の課税売上高が1,000万円を超える場合、消費税の課税事業者となります。
しかし、法人成りした場合、法人と個人では別の課税主体ですので、営業を法人が引き継いでも、法人の設立後2期は基本的に免税事業者として消費税の申告義務が免除されます。
(資本金が1,000万円以上の場合や、開始6ヶ月の売上高と給与総額が1,000万円超の場合は、免除期間が異なります。)
相続税、事業承継等
1) 細分化された株式等による相続税対策
株式は細かく分割されているため、譲渡や贈与が容易なので、事業承継のタイミングは計りやすくなります。
また、相続が起こった場合でも、相続割合に応じた柔軟な遺産分割が可能で名義書換えの手続きの手間や余計な出費を抑えることができます。
2) 自社株評価額の低減による相続税対策
自社株の評価額を計画的・意識的にある程度引き下げることができ、事業承継をタイミング良く行うことが可能です。
A6.
法人成りした場合のデメリットを挙げてみましょう…。
○事務コストの増大
○税負担(均等割り)の増大
○税務調査に当たる可能性が高まる
○法人の法定福利費の増大
事務コストの増大
法人成りすると、一時的に事務費が増大するだけでなく、会社を維持・発展させていくための事務コストが増大します。
個人時代よりも司法書士・税理士等、外部ブレーンの力を借りる機会も増えるでしょう。
税負担(均等割り)の増大
赤字法人であっても、住民税の均等割(最低7万円)が毎年かかります。
税務調査に当たる可能性が高まる
法人の方が調査に当たる可能性が高い(確率的に高い)のは事実です。
法定福利費の増大
法人は、法律上はすべて強制適用事業所として、健康保険及び厚生年金に入らなければなりません。
たとえ社長一人であっても同様です。
そうなると、事業主負担として保険料の半額を負担しなければならず、会社の出費が多くなるのは事実で、法定福利費の負担は経営上重要な問題となっています。
最初は入らないという選択肢もあり得ますが、近年は年金事務所等からの指導も厳しく、いずれは入らざるを得ない状況となっています。